久しぶりに、音楽の体験を記憶の中から掘り起こしてみようと思います。
小学校4年生での出来事です。何もかもがうまくいっていて、何もかもが楽しい絶好調なお年頃でした。つまり、かなり調子に乗っていた時期です。
とある音楽の授業で
ある日、音楽の先生がたまたまお休みでした。普通なら自習になるところですが、当時の担任の先生がとてもユニークな先生で、フレキシブルな考えの持ち主だったため、なんだかんだでみんなで音楽室に行って、好きな歌でも歌おうということになりました。
そこで、調子に乗りに乗っていた当時の私は、(コードを見ながらの初見演奏なんて、ろくにやったことがないにもかかわらず)『私が伴奏をやる!』と言い出し、ピアノに座ってしまったのです。
普段の音楽の授業では、授業のはじめに準備体操がてら、出席番号順でその子の歌いたい曲を歌集の中から選んでリクエストし、それを先生の伴奏でいつも2曲ほど歌っていました。
使うのは、簡単なメロディーの一段譜の上にコードが書いてあるだけの、コンパクトな歌の本です。載っていたのは100曲くらいでしょうか。今になって思い出してみると、定番のものならあらかたバランスよく載っている優秀な本です。
この日は、それを自分たちだけでやろうということになりました。(担任の先生も音楽室にはついてきていましたが、もちろんピアノは弾けません。)
初めてのリアルタイム伴奏
リクエストはもちろんバラバラ。みんなが好き勝手に好きなように曲をリクエストしました。とりあえず耳に入ってきた曲を、かたっぱしからやっていくことにしました。
自分が好きな曲、耳馴染みの特に深い曲(構造がある程度理解できている曲)に関しては、わりとスムーズに伴奏をこなすことができました。ほぼインテンポを保ちながら、なんなら簡単なイントロ・エンディングなんかもつけられていたと思います。
問題は、自分がさほど好きといわけではない曲、構造が理解できていない曲です。(というより、100曲中2〜3曲を除くほとんど全ての曲です。)
このときのコード奏の能力といったら、書いてある大文字だけならなんとか抑えられる?くらいなものでしたから、慣れないコード進行に出会ってしまったり、少しでも欲張って全部弾こうとしようものなら、たちまち減速・もたつき・つっかえてしまいました。
クラスのみんなは優しかったので、そんな私の伴奏でも歌ってくれました。(今振り返ると、みんな本当に優しいです。中には下手な伴奏にうんざりしていた人もいたかもしれませんね…。)
スリルと発見と感動
このときに、
『(むつかしいことはあきらめて)とにかく大文字だけ読んで弾く』
『ベースラインがあっていれば、だいたい正解の音が鳴る』ということを発見しました。
つっかえたり、次に弾く小節を読むのが間に合わなくなったりしたときの冷や汗は、今でもはっきり思い出せます。あのスリルは、音楽をやっている人ならではの体験です。
みんなが自分の伴奏で歌ってくれるという感動。
それが練習をしてきた曲というわけではなく、その場で楽譜を見て・読んで、リアルタイムで行なっている伴奏だということへの感動。
この2つの感動にたいし、それを演奏を止めてしまうことで、自ら台無しにしてしまうことへの恐怖が、ものすごく大きかったです。
なるべく歌を止めたくない!上手に伴奏をこなしたい!(そしてみんなにすごいと思われたい!)
と、そんな様々な欲に対し実力はまったく追いつきません。
普段からこの機会を見越して訓練していたわけではありませんし、いつも通りに学校へ行ったら、たまたまこんなイベントが起きてしまったのです。
クラスのみんなにとっては、取るに足らない1コマだったかもしれませんが、私はこの授業でものすごくたくさんのことを学びました。
実力がなければ、チャンスがいきなり目の前に現れても、それを存分に生かすことができずにとても悔しい、歯がゆい思いをしてしまうということです。
もちろん、プラスのこともたくさん学びました。
人の伴奏をすることが、こんなに楽しいだなんて、それまで感じたことがないほどの嬉しさが心の底からこみ上げてきました。
それが、先生やみんなで決めた特定の曲(練習してある曲)ではなくて、その場でみんながリクエストしてくれた曲であるということが、何より新鮮な喜びでした。
これはもはや、私たった一人のための音楽の授業でした。学校の授業としての『音楽』をはるかに飛び越えて、人生においての『音楽』を学んだ、貴重で尊い時間です。
大人になっても
この体験は、のちの音大時代にも引き継がれることになります。
そして、旦那さんと出会った経緯の最初のきっかけも、このときと同じ流れで、『とある授業で調子に乗ってしゃしゃり出て、ピアノに座る』という出来事からです。
音大という環境なので、まあそこは多少調子に乗るべきなのですが、人って変わらないものですね。そのお話は、また別の機会に。
歌の伴奏をする楽しさは、特別です。
お家で、両親や兄弟相手に。学校の休み時間、音楽の授業がはじまる前の5分の隙をねらって、友だち相手に。伴奏の機会はつくろうと思えば、(勇気さえあれば)つくることができます。
音楽をやっていて、鍵盤が得意なら、何かしらで必ず体験しておくべきだと、自信を持っておすすめします。